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昔のパチンコ屋は凄かった!今では考えられない事ばかり!!!

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昔のパチンコ屋は無法地帯

みなさんはパチンコ屋にたいして、どのようなイメージをもっていますか?

現在のパチンコ屋は基本的に明るくて、清潔であり、店員の対応も教育されているので、快適に過ごせる空間と言えます。

その為、クリーンなイメージをもっている人もいると思いますが、ギャンブル、賭け事というダークなイメージをもっている人も少なくはないでしょう。

今でこそ、パチンコ屋のイメージも多少クリーンになってきていますが、一昔前のパチンコ屋ではクリーンなイメージなど皆無でした。

それもそのはず、昔のパチンコ屋では今では考えられないような事が まかり通っていたからです。

クリーンなイメージどころか、ヤバそうな雰囲気満点の空間であり、当時のパチンコ屋にクリーンなイメージを抱いていた人などはいなかったでしょう。

しかし、当時のパチンコ屋には 今とは違う楽しさや興奮があったのも事実です。

オカルトを信じているお客が多かった

昔のパチンコ屋にはオカルト的思考のお客が多かったです。また、唱えているオカルトの質も今とは全く違う内容も多かったですね。

もっとも、昔は今のように攻略雑誌なども少なく、パチンコ台やパチスロのスペックを理解しているお客は少なかったといえます。

その為、自分自身の経験則で大当たりや出玉の波を語るという人達が多かったのですが、その内容がまた驚きです。

ある台が大当たりすると、連鎖して3台隣の台が大当たりすると言って、本当にそのような立ち回りで打っている常連もいました。とくに一発台の常連に多かったような気がします。彼らにとっては「釘」ではなく「電気」が大事なんだそうです。ある台が大当たりしたことによって、連鎖して「電気」がくるとの事でした。

彼らの主張によると「電気」によって、一発台の狭い入賞口に玉が入るという理屈らしいです。

またデジパチではリーチがかかった時に、パチンコ台の鍵穴をタイミング良く押すと当たるというオカルトも多かったです。

今ではそのような事を言う人はいませんが、当時は真顔で言っている人が少なくありませんでした。

そのようなオカルターが、たまたま大当たりさせることによって、そのオカルトは伝染し より神格化されていきました。

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今ではバカらしい話かもしれませんが、当時のパチンコは攻略雑誌などの情報も少なく、データカウンターなども存在しなかったので、打ち手それぞれが独自のオリジナル攻略法を模索していたともいえます。そういう意味では 今よりも純粋にパチンコを楽しんでいたのかもしれません。

店員が怖かった

これも、今では考えられませんが 大体どこのパチンコ屋も店員は怖かったですね。本来はサービス業なのですから、愛想を振り撒いて接客しなければいけないのですが、笑顔でホールを巡回している店員は少なく、お客を睨みつけてホールを巡回している店員が多かったです。

また、当時は大学を卒業してパチンコ屋に就職する人などいなく、高校中退やワケありの人達の就職先というイメージ強かったです。

まあ、見た目や学歴は とりあえず置いといたとしても、接客の仕方も 今では考えられないレベルです。

お客にタメ口をきくなんてのは あたりまえですし、タバコを吸いながらホールを巡回している店員も珍しくはありませんでしたからね。

しかも、当時は自分で 出玉を台車に乗せて、ジェットカウンターに玉を流していたのですが、手伝ってくれることも ほとんどありませんでしたね。台車に乗せているドル箱を床にぶちまけてしまっても、磁石の棒を睨みつけながら渡されるだけという、セルフに徹底した対応でした。

そんな怖い店員ですが 煽りのマイクパフォーマンスだけは上手かったですね。

掛け持ち遊戯OK!?

これは地域によって違うと思いますが、当時 私が住んでいた地域では 掛け持ち遊戯が認められていました。

掛け持ち遊戯を堂々としていても注意されることはなく、1人 両サイドの2台を含めて3台までの掛け持ち遊戯は認められていました。まあ実際にはホールが黙認していただけなのかもしれませんが、私が打っていたエリアのパチンコ屋はすべて3台までの掛け持ち遊戯がOKでした。

当時、私がいたエリアではハンドルに紙をはさむ事によって自動で打ちだし可能でした。これも、今ではハンドルを握っていないと玉が飛びませんが当時はハンドルに紙やコインをはさみ、腕を組んで「打っていた?」人ばかりでした。御丁寧にハンドルにはさむ紙はホールに用意されていたので、ホールとしても推奨していたといえます。

自動で打ち出してくれるので、私たちはサンドにお金をブッコむだけです。更に、掛け持ち遊戯しているとサンドにお金を入れたり、大当たりした台の下皿を抜いたりと、それなりに忙しいのです。

当時は保3止めや大当たりのラウンド間の止め打ちなどを実践している人は ほぼいなかったと思います。そもそもトイレに行く時なども打ちっぱなしで行ってたわけですからね。

トイレから帰ってきて、自分の台の頭上のランプがピカピカと光っている時のサプライズはクセになる嬉しさでもありました。

1回交換で換金率も悪い

今でこそ、無制限 台移動自由というルールが当たり前になっていますが、当時のパチンコ屋で そのようなルールの店は皆無でした。

大当たりしたら、交換を余儀なくされる1回交換が主流であり、ラッキーナンバーでの持ち玉遊戯や時間帯によって持ち玉での遊戯が可能など、ホールによって違いましたが、基本的には台移動や終日無制限などの営業はなかったです。

更に、換金率も等価交換など当時は聞いたこともなく、パチンコなら40玉交換、パチスロなら7枚か8枚交換が多かったです。

こんなルールで勝てるのか!と思われるかもしれませんが、意外にも勝てたんです。私は当時 収支などをつけてはいなかったのですが、連日 大負けしたというイメージはなく、適度に勝って、適度に負けての繰り返しだったような記憶です。少なくとも 今のパチンコよりも遊べていました。

当時のルールは今と比べると、かなりキツイ ルールですが、パチンコ屋も本気で出してくれた時代でもありました。スロットなら連日モーニングがあり、1000円だけ握りしめて開店を待っている人達もいましたし、パチンコの釘も甘かったです。新装開店や新台入替といえば、台さえ確保できれば勝つことが約束された状態といっても過言ではありませんでした。

とにかく当時のパチンコ屋は出玉で集客をしていました。また、常連を大事にしているパチンコ屋も多かった為、露骨なボッタクリ店というのは かなり少なかったと感じます。

非常に厳しいルールでしたが、間違いなく当時のパチンコの方が楽しかったと断言できます。

楽しいパチンコを打ちたい

当時と今ではパチンコ屋も大きく変化しました。

見た目も綺麗になり、店員の対応も良くなり 改善された部分も非常に多いです。

しかし、当時を知る者としては改悪されたと感じる部分もあります。

今後、どのように変化していくのかはわかりませんが、また昔のように熱く楽しくパチンコが打てる日が来ることを願っています。

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